ウィリアム・カペル イン・リサイタル レビュー





ウィリアム・カペル イン・リサイタル


収録曲:
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第3番 ハ短調 Op.37 (第2&3楽章)
ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲 第1番 Op.33
ムソルグスキー:展覧会の絵
バッハ/ブゾーニ: コラール前奏曲 「来たれ、異教徒の救い主よ」

演奏: レオン・バーツィン&ナショナル・オーケストラ・アソシエーション(ベートーヴェン)
ユージン・オーマンディ&フィラデルフィア管弦楽団(ショスタコーヴィチ)

録音:1937年4月26日(ベートーヴェン)、1945年12月1日(ショスタコーヴィチ)、1951年10月28日(ムソルグスキー&バッハ/ブゾーニ)
*いずれもファースト・リリースとなります。


■カペルの、音楽作品によるポートレート。■

   このアルバムは、カペルのピアニズムの原点から成熟の証までを聴くことができる興味尽きない一枚である。あわせて、アラン・エヴァンス氏による充実したブックレット(カペルのいくつかの書簡や、カペル婦人の貴重なコメントも収録)もカペル・ファンなら必携のアイテムとなろう。
   アルバム冒頭に収められているベートーヴェンのピアノ協奏曲はカペル最年少の録音である。まだ半ズボンを穿いている14歳の少年の湧き上がる感性の中に、既に偉大な演奏家の影が見え隠れしていることに聴き手は驚かずにはいられない。第2楽章の、静寂の中にも生気を失わないカンタービレ、第3楽章の快活でよどみないリズム感などはその好例である。 技術的なことはさておいて、「まず音楽ありき」という真の音楽家の原点を目の当たりにさせてくれる演奏。
   ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲はカペルの演奏による唯一の録音。オーマンディ/フィラデルフィアは他にもハチャトゥリアンをはじめとする協奏曲で共演を重ねたベスト・パートナーである。オーマンディの冴えた采配の下、少々尖がったところを残す才気溢れる23歳の青年カペルが、ショスタコーヴィチのアイロニックな世界を疾風怒涛の中に作り出す好演。
    ムソルグスキーとバッハ=ブゾーニの作品は1951年コネチカット大学で行われた演奏会のライブ録音である。録音の質は残念ながら良好とはいえないが、いずれも30代を目前にしてカペルの音楽が既に円熟の境地に達していることを示す、スケールの大きな演奏。
   この展覧会の絵の演奏は、とりもなおさず名器スタンウェイ・ピアノの実力の証明ともなっている。カペルのような名手によってこそスタンウェイ・ピアノの底力が発揮されるのだ。そこから引き出される確固とした音色を材料に壮大な音絵巻が展開される。カペル自身がピアニストでなければ画家になりたかったこともあってか、あたかもヴィジュアルに訴えかけるような輪郭のはっきりした演奏だ。
   最後をしめくくるバッハの美しいコラールは、これだけでもこのアルバムを入手する価値のある珠玉の一曲。カペルはともするとスーパーテクニシャンとしての側面から評価されがちであるが、このように深く、静寂を湛えた音楽こそが、彼の最奥にあるものに思えてならない。そこにあるのは、ただ、音楽に対する純朴で敬虔な祈りだけではなかったか。
   アメリカが生んだ最も偉大なピアニスト、ウィリアム・カペルの少年期から円熟期までの音楽作品によるポートレート。そのような意味において、このアルバムは歴史的価値の非常に高い作品である。


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